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リーマンショック世代の思わず抱きしめたくなるブログ

元バンドマン 文系 27歳 転職3回 どうにもならないなりにやってみる日々

すき家「ワンオペ」問題について考えた ほんとにあったワンオペ話

ニュース コーハマ 働く

 

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8/31朝日新聞の記事

 

 

コーハマです。

 

すき家の「ワンオペ問題」に関してなんだけど、身近な問題だと思うので自分なりの意見を書いてみようと思った。

 

 

「ワンオペ」は実際にある 〜ほんとにあった笑えないバイト事情〜

僕の友人は大学に入学と同時にアルバイトを始めたんだけど、その勤め先が近所のすき家だった。

ロードサイドのこじんまりとしたお店で客の入りは割と多い方だったと記憶しているが、そこで働くことが決まった彼は嬉々としてバイトのことを話してくれた。

飲食業を営んでいた父の影響もあって嬉しかったのだと思う。

 

しかし、バイトを始めた彼は最初の数ヶ月は何も無かったものの日に日に顔色が悪くなったいった。

聞けば、人が足りておらず勤務時間は22:00〜6:00の予定が3時間多い9:00まで残る状況が続いているという。

拘束時間にして11時間。

しかも、3時間分の残業代は出ていないそうな。

週4〜5回これを続けているらしい。

 

1年後も彼はすき家のアルバイトを続けていたがやはり辛そうな顔色をしていて、「大丈夫?」と声をかけたことがあった。

「今、一人で店を回してる」という彼。

例のワンオペのことである。

客からの呼び出しがかかると店に出ないといけないため休憩など取れるはずもない上、深夜のロードサイドの店はヤンキーの溜まり場になることが多くトラブルになることもあったという。

彼は「人が足りないからしょうがない」と漏らしていた。

 

彼はなんらかの理由でお金が必要だったらしくすき家の過酷な仕事と掛け持ちでコンビニのアルバイトをしていたんだけど、あまりの疲労と睡眠不足で訳がわかんなくなって品出し中のポテトチップスを間違えて仕事中に食べてしまったという。

事情を知らない人からすると困った奴だなぁと思わざるを得ない。

 

でもこれは笑えない話で、後日、彼は本当に交通事故を起こしてしまった。

夜、車で家に帰る途中で意識が飛んでしまい、そのまま車はガードレールをなぎ倒して電柱にぶつかり全損。

気がついた時は助手席は大破しており、車の下に血のような液体が流れているのを見て「人を轢いてしまった…」と思ったそうな。

実際は車のオイルが漏れているだけで人身事故ではなかったらしいのだが、これをきっかけに過酷な現場で働くことを見直したのだと言う。

 

なぜ彼はそんな事態に陥るまでアルバイトを辞めなかったのだろう。

それは”責任感”なのだと思う。

 

変な同調圧力

上述の彼の話の中で「人が足りない」ことがたびたび出ていたがそれは店の中の事情でしかなく、視野がとことんまで狭まっていることが伺える。

端から見れば、「そんなとこ辞めちゃえばいいのに」と思うかもしれないが、案外ここがツボなんじゃないかと僕は思う。

特に真面目な人や自己評価が低い人なんかは危ない傾向があると感じる。

 

僕にも経験があるが、こういう過酷な現場にいると正常な感覚が麻痺して常識がなくなってくる。

いくら広い世界のひとつのお店だ、と頭でわかっていてもお店の中での人間関係や常識があって、そこにいるうちにその職場環境の中で自分ができることできないことがわかってくるし、他の人と比べた時の立ち居値が見えてくる。

できないことや足りない部分があったとして、真面目な人や自己評価の低い人なんかは「自分が悪いんだ」という思考に陥りやすいのだ。

 

ちなみに、おかしなことに過酷な現場に限って根性論の変な武勇伝を語る先輩とかがいて、「3徹して幻覚見たよ〜」とか言ってきたりする。

 

件の僕の友人も「〜さんも同じ状況で回してるから…」と判断基準がお店の中のみにとどまっていた。

比べる対象として明らかに間違っているのだが、「あの人も頑張っているし…」と自分の至らなさとして背負い込んじゃう人がいて、そこが難しい問題なのだ。

 

で、過酷な現場でたま〜にお客とか社員から「ありがとう」なんて言われたら、なまじっか自己評価の低い人 には須く甘い一吸いとなる。

やりがい搾取の始まりである。

 

やりがいも結構。ただし自己責任で!

ブラック企業とは、過重労働が常態化したような企業のことを指すが、逆説的だけどそこで得られるものがあるならば良いと僕は思うし、ブラック企業ではないと考えている。

僕のいた会社は過重労働はあったにせよ、人間的にもスキル的にもたくさんのことを学ぶことができたので僕は今思い返してもブラックだと思っていない。

将来にわたって価値があると言えるものを得るためのリスクとして過重労働に堪えることが必要だっただけだ。

 

でもここで断っておきたいのは、あくまでも自己責任であるということ。

 

やりがいはあった方がいい。

しかし、やりがいだけでは売れる人材に成長できるかは不明だ。

やりがいはあったけど働き過ぎて病気になりました、ではよっぽど幸運な場合でない限り誰も助けてはくれない。

もしやりがいというのが主軸にあった上で過重労働の場面にいるなら、今一度立ち止まって考えてみることも必要かと思う。

 

あくまでも自己責任ですが。

 

過重労働前提の会社はなくなればいい

ほんとに思うのだが、無茶なオペレーションを前提にした会社はなくなればいい。

僕はそう思う。

労働集約に陥ることが目に見えているのにその中で人を使って商売をする会社の商品に手を出す価値なんてないだろう。

今回の問題を受けてすき家はオペレーションの改善に取り組むというが、そのために牛丼の単価を価格の約1割にあたる20円程度値上げをするという。

ワンオペを前提にした価格設定がなされていることの表れだが、こういった事態は人の不幸に繋がると思うのだ。

 

 

不幸の味が少しでもする食べ物なんて、僕は食べたくないなぁ。

 

 

 

 

じゃあね